1800年代の日本語聖書(2)

2.ロゴスの訳語

1800年代の日本語聖書翻訳を詳しく見てみると、「ロゴス」という言葉の翻訳の進展が見えてきます。ギュツラフ(1837年)からベッテルハイム(1855年)まで、さらに1873年にベッテルハイムの改訂版に至るまで、「ロゴス」は賢明なものを意味する「カシコイモノ」と翻訳されました。その後、ヘボンとブラウン(1872)は、言葉の中に存在する精神を意味する「言霊(コトダマ)」という訳語を採用しました。ただし、ヘボンはその後も翻訳の改良を続け、1873年には、ヨハネの福音書の日本語訳をローマ字表記した音訳版を出版しました。この音訳版のヨハネの福音書1章1節は次のように読むことができます。

 

Hajime-ni kotoba ari, kotoba wa kami-to-tomoni ari, kotoba wa kami nari.

(ハジメニコトバアリ、コトバワカミトトモニアリ、コトバハカミナリ。)

 

ここで、1872年訳の「言霊(コトダマ)」は1873年訳では「言葉(コトバ)」に置き換えられました。

 

海老沢(1964; p.p.284-285)は、ヘボンが導いた新約聖書翻訳委員会(当時は「翻訳委員社中」と呼ばれていた)でもこれらの用語が検討検討され、ローマ字版の翻字に見られるように、訳語を「言霊」から「言葉」に調整したものと見て良いであろうと語っています。ヘボンはその後も翻訳を改訂し続けたましたが、それ以降は、「ロゴス」の訳語しては「コトバ」という用語が定着していったようです。

 

翻訳委員社中は1879年に翻訳を完成させ、1880年に「引照新約全書」を出版しました。この本では,ヨハネ1:1は次のように翻訳されています。

 

太初(はじめ)に道(ことば)あり 道(ことば)わ神と偕(とも)にあり 道(ことば)ハ即ち神なり

 

この翻訳では「ことば」という訳語が使われたにもかかわらず、漢字の「道」を使って説明を試みています。「神」という訳語と比べると、「ロゴス」の訳語の方は、この時期でも未だ不安定さを見せているようです。「ロゴス」という概念の初歩も未だ日本人には分かっていなかったようです。

 

ニコルズ(1987;94)は、聖書記述様式には2種類あり、1つは論理的説明の必要な「概念的」様式であり、もう1つは「象徴的」な様式であると言います。福音の受け取り側の文化に送り手側の象徴的様式に匹敵する表現様式が存在しない場合、それに変わる様式を求めることがあります。

例えば、「雪よりも白い」(旧約聖書詩篇51篇7節)や「カラシ種ほど小さい信仰」(マタイによる福音書17章20節、ルカによる福音書17章6節)などの表現は、雪を見たことのない文化やカラシ種を見たことのない文化にそれを説明しようとする文脈化の過程で、「雪」や「からし種」に代わる表現に変えることができます。しかし、論理的説明の必要な「概念的」様式の方は他の表現様式に代えることができないので、受取手側にはその意味を説明して伝えるしかありません。

 

ヴァイン(p.p.1252)は、このヨハネ1:1のロゴスの概念を、神の御子の1)明確で、有限性を超越した2)父なる神との関係、3)神性を宣言する人格的な言葉であると定義しています。日本語訳の「ロゴス」の訳語の不安定さを見ると、「ロゴス」の概念を理解するのが日本人にとっていかに難しかったかが明らかです。キリスト教のロゴスという概念は論理的説明を必要とする概念ですが、日本の文化にはこれに匹敵する概念はありませんでした。送り手側がある概念を伝えようとする時、受け取り手の文化にその概念が存在しないとしたら、その概念を表す送り手側の用語を受け取り手側の言語に正確に翻訳することはできません。したがって、翻訳者は翻訳する用語の意味を説明しなければなりません。つまり、説明訳です。

 

カシコイモノまたは賢明な人は、イエス・キリストの持っていた神聖な知識を説明するために選ばれました。コトダマまたは「言葉に存在する精神」は、イエスによって提示される神の思い、また、その提示される力によって成就される神の思いを説明する用語として選ばれたと私は考えます。その後、「言葉(道)」が訳語として採用されますが、この訳語は「神の思いの表現」と「神に到達する方法」との混合した表現として採用されました。後者は神道と儒教の強い影響力を含むと思われます。

 

これらの訳語の試みはすべて「ロゴス」で表された聖書の概念を説明しようとする翻訳者の努力を示していますが、そのいずれもが「ロゴス」の概念を完全に翻訳することに成功したとは言い難いと思えます。